はじめに:少しだけ有利なゲーム
ここに、シンプルなコイン投げのゲームがあります。
- 手元には100万円の資金があります。
- コインを投げて、表が出たら賭け金が2倍になり、裏が出たら賭け金を全て失います。
- ただし、このコインは少し特殊で、55%の確率で表が出ます。
これは、期待値がプラスの「有利なゲーム」です。このゲームを250回繰り返すとき、毎回、手持ち資金の何パーセントを賭けるのが、最終的にお金を最も増やすための最適戦略なのでしょうか。
この問いに答えるため、複雑な数式は一旦脇に置き、シミュレーションを通じて答えを探っていきましょう。
やってはいけない戦略
まず、極端な戦略がなぜダメなのかを見ていきます。
戦略1:毎回、全額を賭ける
1回でも裏が出た瞬間に破産します。250回も繰り返せば、ほぼ確実に資金はゼロになるでしょう。これは最も避けるべき戦略です。
戦略2:毎回、一定の金額(例:1万円)を賭ける
比較的安全ですが、資産が増えても賭け金は1万円のままなので、成長がどんどん鈍化してしまいます。複利の力を活かせない、非常にもったいない戦略です。
最適なアプローチ:定率を賭ける
最も合理的なのは、毎回「その時点での総資産の一定割合(パーセント)」を賭ける方法です。これには2つの大きなメリットがあります。
- 複利効果:勝って資産が増えれば、次の賭け金も自動的に増え、資産の増加が加速します。
- リスク管理:負けて資産が減れば、次の賭け金も自動的に減り、破産のリスクを限りなくゼロに近づけます。
問題は、この「割合」を何パーセントに設定すればよいのか、という点です。これをシミュレーションで明らかにします。
シミュレーション1:勝率55%のゲーム
このゲームの「有利さ(エッジ)」は、勝率55%から負ける確率45%を引いた10%です。
シミュレーション結果
賭ける割合を少しずつ変えながら、それぞれ10万回のシミュレーションを実行しました。その結果、多くの人が最も期待できる現実的な結果である「中央値」が最も高くなったのは、賭け率が10%のときでした。
賭け率10%のときの中央値は約387万円となり、元手の100万円を大きく増やすことに成功しました。そして、この「10%」という数字は、このゲームのエッジと一致します。
シミュレーション2:勝率60%のゲーム
では、さらに有利な、勝率60%のコインで同じ実験をしてみましょう。
このゲームのエッジは `60% – 40% = 20%` です。
シミュレーション結果
結果は劇的でした。最終資産の中央値が最も高くなったのは、賭け率が20%のときでした。その額は、なんと約1億5350万円に達しました。
ここでもまた、最適な賭け率はゲームのエッジである20%と一致しました。そして、勝率がたった5%増えただけで、期待できるリターンが爆発的に増加することもわかりました。
シミュレーション3:勝率65%のゲーム
最後に、勝率65%という非常に有利なゲームを考えます。
エッジは `65% – 35% = 30%` です。
シミュレーション結果
予測通り、中央値のピークは賭け率30%のときに現れました。その時の最終資産は、約1248億円という天文学的な数字になりました。
3回目にして、この法則は確信に変わりました。
結論:すべての実験を通じて見えたこと
これら一連のシミュレーションは、私たちに一つの強力な原則を示してくれました。
複利で資産を運用する場合、最も現実的なリターンを最大化する最適な投資割合は、その投資の「有利さ(エッジ)」に等しい。
- 勝率55% (エッジ10%) → 最適投資率10%
- 勝率60% (エッジ20%) → 最適投資率20%
- 勝率65% (エッジ30%) → 最適投資率30%
もし、このエッジを超えて過大なリスクを取ると、ごく一部の大成功を除き、多くの人はむしろ資産を減らしてしまう可能性が高まります。これは、投資や資産運用における資金管理の重要性を示す、非常に興味深い結果と言えるでしょう。
シミュレーション結果詳細
参考情報:ケリー基準とは
実は、今回のシミュレーションで導き出された「最適な投資割合はエッジに等しい」という結論は、「ケリー基準」として知られる数理的な概念に基づいています。
ケリー基準とは、情報理論を応用し、長期的に資産の成長率を最大化する最適な賭け(投資)の割合を算出するための公式です。一般的な式は次のとおりです。
f* = (bp – q) / b
- f*: 最適な投資割合
- p: 勝つ確率
- q: 負ける確率 (1 – p)
- b: 賭けに勝った場合に得られる倍率(オッズ)
今回のシミュレーションへの適用
今回のゲームでは、賭けに勝つと賭け金が2倍になります。これは、賭けた額と同額の利益が得られることを意味し、オッズ「b」は「1」となります。
b=1 を公式に当てはめると、驚くほどシンプルになります。
f* = (1*p – q) / 1 = p – q
これは、最適投資率(f*)が、まさに勝つ確率(p)から負ける確率(q)を引いた「エッジ」そのものであることを示しています。
- 勝率55%の場合: f* = 0.55 – 0.45 = 0.10 (10%)
- 勝率60%の場合: f* = 0.60 – 0.40 = 0.20 (20%)
- 勝率65%の場合: f* = 0.65 – 0.35 = 0.30 (30%)
このように、私たちのシミュレーション結果は、ケリー基準の正しさを実証するものだったのです。


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