漢字にだまされる季節の言葉
日本語には、漢字の字面をそのまま読むと季節を取り違えてしまう言葉があります。代表格が「小春日和」と「麦秋」です。どちらも季節名の漢字を含んでいるのに、実際に指す時期はその漢字と一致しません。しかも二つは、ずれ方の理屈がまったく逆になっています。
小春日和は春ではなく晩秋から初冬
「小春日和(こはるびより)」は、晩秋から初冬にかけての、暖かく穏やかに晴れた日を指します。新暦ではおおよそ11月から12月初め頃です。
鍵になるのは「小春」という語です。小春は漢籍における旧暦10月の異称で、この頃の陽気が春に似ていることからそう呼ばれるようになりました。つまり小春日和の「春」は季節そのものではなく、春に似た暖かさという比喩です。本物の春は一度も出てきません。
俳句の世界でも「小春」「小春日和」は冬の季語として扱われます。この暖かさに誘われて桜などが季節外れに咲く「帰り花」も、同じく冬の季語です。
4割以上が春先の言葉だと思っている
文化庁の平成26年度「国語に関する世論調査」では、この語の意味が調査されています。本来の意味である「初冬の頃の、穏やかで暖かな天気」を選んだ人が51.7パーセント、本来とは異なる「春先の頃の、穏やかで暖かな天気」を選んだ人が41.7パーセントで、その差は10ポイントしかありませんでした。
半数近くが取り違えているとなると、もはや誤用と切り捨てるのも難しいところがあります。ただ、3月の暖かい日に使うと通じない相手もいるので、その場合は「春めく」「うららか」あたりに置き換えるのが無難です。
麦秋は秋ではなく初夏
「麦秋(ばくしゅう、むぎあき)」は、麦が黄金色に実って収穫期を迎える頃を指します。時期はおおよそ5月下旬から6月初旬です。麦は秋から初冬に種をまき、冬を越して春に育ち、梅雨の前に刈り取られます。
種明かしは「秋」の字にあります。ここでの秋は季節名ではなく、穀物が実る時期、すなわち収穫期という意味です。稲にとっての秋は9月から10月ですが、麦にとっての秋は初夏にあたります。「麦の秋」と読み下すと納得しやすいと思います。
二十四節気をさらに三分割した七十二候にも、小満の末候として「麦秋至(むぎのときいたる)」が置かれています。5月31日から6月4日頃です。旧暦4月の異名でもあり、俳句では夏の季語として扱われます。
この時期の言葉には麦にちなんだものが揃っていて、穂を揺らして吹く風を「麦嵐」、そよぐ穂の様子を「麦の波」、降る雨を「麦雨」といいます。小津安二郎の映画『麦秋』も、秋ではなく麦の実る初夏の物語です。
ずれ方の向きは正反対
紛らわしさの原因は同じに見えて、二つは仕組みが逆です。
- 小春日和は、季節名を比喩として借りたもの。「春のような」という意味で春の字が使われている
- 麦秋は、季節名になる前の元の意味が残ったもの。秋の字が本来持っていた収穫期の意味で使われている
片方は季節の言葉を新しく転用した結果であり、もう片方は古い語義が化石のように残った結果です。同じ「字面と実際が違う言葉」でも、来た方向が反対だというのが面白いところだと思います。
似た例としては、旧暦の五月に降る長雨を指す「五月雨」、立秋を過ぎた後の暑さを指す「残暑」などがあります。暦のずれか、漢字の古い意味か。どちらの型かを見分けながら眺めると、季節の言葉はかなり読み解きやすくなります。

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