マイケル・ジャクソンの兄弟姉妹一覧

映画「マイケル」を見ました。
マイケル・ジャクソンは知っていますが、他の兄弟についてはよく知りませんでした。
ジャクソン・ファミリーの兄弟姉妹10人と、グループ結成からマイケルのソロ転向・離脱に至る経緯をまとめました。

ジャクソン・ファミリーの兄弟姉妹一覧

父ジョセフと母キャサリンの間に生まれた子供たちは、夭逝した五男を含め全部で10人です。
全員が音楽の才能を持ち、それぞれの形でポップス界に足跡を残しました。

順位 名前 生年月日/没年月日 家族内での主な役割・立ち位置
1 リビー(Rebbie) 1950年5月29日生 長女。主にソロ歌手として活動。一歩引いた立ち位置から家族を支える。
2 ジャッキー(Jackie) 1951年5月4日生 長男。ジャクソン5の最年長メンバー。確かな歌唱力でグループを統率。
3 ティト(Tito) 1953年10月15日生、2024年9月15日没(70歳) 次男。ギタリストとしてグループのサウンドを支えた。息子の3Tも有名。
4 ジャーメイン(Jermaine) 1954年12月11日生 三男。初期の共同リードボーカルおよびベーシスト。ソロでもヒットを連発。
5 ラトーヤ(La Toya) 1956年5月29日生 次女。タレント、モデル、ソロ歌手としてマルチに活動。
6 マーロン(Marlon) 1957年3月12日生 四男。グループ内では優れたダンスパフォーマンスで重要な役割を担う。
ブランダン(Brandon) 1957年3月12日生(出生後まもなく永眠) 五男。マーロンの双子の弟。
7 マイケル(Michael) 1958年8月29日生、2009年6月25日没(50歳) 六男。絶対的なリードボーカル。「キング・オブ・ポップ」として人類史に残る偉業を達成。
8 ランディ(Randy) 1961年10月29日生 七男。後に「ザ・ジャクソンズ」から正式加入し、マルチプレイヤーとして貢献。
9 ジャネット(Janet) 1966年5月16日生 三女。末っ子。ソロ歌手としてマイケルに匹敵する世界的大成功を収める。

なお、その他に父ジョセフの婚外子として生まれた異母妹のジョヴォニ(1974年生)がいます。

ジャクソン・ファミリーとマイケル・ソロ転向の激動年譜

兄弟たちの活動は、単なるファミリーバンドの域を超え、音楽ビジネスの歴史そのものでした。
特にマイケルの天才的な才能がソロとして開花していくプロセスは、グループの変遷と密接に結びついています。

1949年 – 1950年:両親の結婚とゲーリーへの移住

父ジョセフと母キャサリンが結婚し、インディアナ州ゲーリーの小さな家に移り住みます。
ここから伝説となる10人の子供たちが誕生しました。

1962年 – 1963年:兄弟での音楽活動の始まりとマイケルの加入

ティトが父のギターを隠れて弾いていたことをきっかけに、ジャッキー、ティト、ジャーメインの3人でグループを結成します。
翌1963年に幼いマイケル(当時5歳)とマーロンが加入。
マイケルがすぐに圧倒的な歌唱力とダンスセンスを見せ、リードボーカルに据えられました。

1969年:「ジャクソン5」としてメジャーデビュー、社会現象へ

名門モータウン・レコードから『I Want You Back』でデビュー。
いきなり全米1位を獲得し、その後4曲連続で全米1位を記録する奇跡のスタートを切りました。

1971年:マイケル、グループ活動と並行してソロ活動を開始

グループに在籍しながら、モータウンから初のソロシングル『Got to Be There』や『Ben(ベンのテーマ)』を発表。
グループとしての調和を保ちながら、個人のシンガーとしてのポテンシャルも発揮し始めます。

1975年 – 1976年:移籍にともなう内紛、「ザ・ジャクソンズ」への改名

モータウンからエピック・レコードへの移籍を決定します。
しかし、社長の娘と結婚していた三男ジャーメインがレーベルに残留することを選び、グループを一時離脱。
代わりに末弟のランディが正式加入し、グループ名を「ザ・ジャクソンズ」へと改名しました。

1979年:アルバム『Off the Wall』で本格的なソロアーティストへ

巨匠クインシー・ジョーンズと運命的なタッグを組み、ソロアルバム『Off the Wall』をリリース。
世界的な大ヒットを記録し、マイケルは「子供スター」から「大人の洗練されたソロアーティスト」への脱皮を果たします。
これ以降、マイケルの視線は完全にソロ活動の頂点へと向かいました。

1982年:アルバム『Thriller』が歴史的大ヒット、世界の頂点へ

ソロアルバム『Thriller』を発表。人類史上最も売れたアルバムとなり、音楽界のあらゆる記録を塗り替えます。
この爆発的な成功により、マイケル個人への注目は極限に達し、グループとしての活動維持が事実上困難になっていきました。

1984年:「Victory」ツアー、そしてステージ上でのソロ専念表明

離脱していたジャーメインも復帰し、兄弟6人が揃ったスタジアムツアー「Victory Tour」を開催します。
しかし、ツアー最終公演(12月)のステージ上で、マイケルは「これがグループとしての最後のパフォーマンスになる」と突如発表。
今後はソロ活動に専念する意思を表明し、事実上グループの固定活動から離れることとなりました。

2009年6月25日:マイケル・ジャクソン急逝

ロサンゼルスの自宅で50歳で急逝。
追悼式には再び兄弟姉妹が集まり、世界中がその死を悼みました。

2024年9月15日:次男ティト・ジャクソンの逝去

近年もジャッキーやマーロンと共にツアーを行い、ジャクソンズのスピリットを守り続けていた次男ティトが70歳で逝去。

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